ライフスタイル

2014.03.20 UP

私、旦那を卒業しました!~年相応の言葉と居心地の悪い言葉~


6b1163c89ef0b2c003ccb5e947ce4d70

言葉は人を表す」とはよく言われますが、話す内容はもちろん、その見てくれ(聞きくれ?)にも、人柄が出るのではないでしょうか。

同じことを話すのに、私はAという言葉を選ぶけれど、あの人はBという言葉を使うなあ、とか。

 

美しい日本語が崩壊した! と叫ばれて久しいけれど、「美しい日本語って何かな」と思います。

正しい日本語でしょうか。仮にそうだとすれば、日本語の崩壊を嘆く学者さんだって怪しいと思うのですが、間違っていたらごめんなさい。

 

最近、自分の言葉づかいがとても気になるようになってきました。

まず引っかかったのが「旦那」。コラムでもたびたび使っているのですが、以前は気にもならなかったのに、今は非常に気になる。

 

独身の頃、職場の20代のかわいい同僚が「うちの旦那が~」と話していて、とても羨ましかった。そこには恋人とは違う、確固たる所有感が滲んでいて、どんなに素敵な「」も太刀打ちできない、まぶしさを放っていました。

 

いつか私も結婚したら、彼のことを「旦那」と呼ぼうと心に決めました。それから十数年が過ぎ、わりと熟した年齢になった今、「旦那」という言葉に居心地の悪さを感じます。

 

私の周囲には、友人や知人の「旦那」があふれ、その言葉はむしろ馴染みすぎて、似合いすぎて、しっくりくるはずなのですが、なんだか嫌な気持ちがする。

もう私が発する「旦那」に、特別な感じがなくなったからかもしれません。他人よりも少しだけ優位に立ちたいという、浅はかな気持ちからかもしれません。

 

まだまだ使うのが恥ずくなってきた言葉はたくさんあって、「マジで」、「てゆーか」なども、そろそろ卒業したいのですが、代替案が見つからず、未だに使っています。

これは背伸びというよりも、若さへの未練だったり、アラサー読者への媚だったりするわけで、こちらもなんとも情けない理由。

 

背伸びした言葉を使うだけで、少し自分がランクアップしたような感覚になる一方で、追い越してしまった言葉を使い続けるのは、痛い。

言葉にも「年相応」というのがあって、年齢にあった言葉を選ぶ人の日本語は美しい、と思います。話を聴きたいと思う。

 

やっぱり顔も言葉も、外見は大事だ。

だから「旦那」をはじめ、諸々のなんだかしっくりこない言葉も、早く卒業したいんだけど、ひとみしょうさんが書いているように、卒業は「させられるもの」だとしたら、時がくれば何か違う言葉が降臨してくるんだろうか、とか。

ただ自然とこんな心持ちになったことを思うと、やはり卒業には意志よりも時間の要素の方が強いのかな、などとも考えます。

 

「この春『旦那』を卒業しました!」って言えると良いのですが。もちろん他意はないですよ。

 

Photo by Pinterest

平 理以子

平 理以子

美容ライター/恋愛コラムライター/海外(バリ島)ライター

≫このライターの記事を読む


アプリで、ANGIEがもっと快適に。

  • お気に入り機能で便利に読める
  • プロライターによる最新情報が充実!
ページの先頭へ