ハピネス

2014.03.10 UP

卒業は「するもの」ではなく「させられるもの」である


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みずからの強い意志で卒業した経験ってあったっけ? と思って、少しばかり過去を振り返ってみましたが、そんな輝かしい経験は思い浮かびませんでした。

 

辞めたくて辞めたくてしかたのなかった会社を辞めたというのは、かっこよく言えば「卒業」かもしれませんが、「くわばら、くわばら」と唱えながら尻尾を巻いて逃げたという要素のほうが強く、およそ「卒業」とはほど遠い行為だったように思います。

 

思えば、学校の卒業もおなじで、あれは卒業式の日が決まっているから卒業したわけで……厳密に言えば卒業させられたわけですよね。

 

卒業という言葉には「ヴァージョンアップ」というニュアンスが含まれます。

タバコを卒業する、いわゆる「卒煙」は、タバコをやめてより健康的でお金が貯まる生活に「ヴァージョンアップ」するというニュアンスが含まれます。

今の彼氏から卒業したいというのも、今よりもっと条件の悪い男性と付き合いたいということではないと思います。

甘いものを毎晩食べる生活から卒業する……というのも、バージョンダウンではないはず。ウエストのサイズがダウンして、生活のほうは向上することを意味するはずです。

 

人生がヴァージョンアップするときに、じぶんの強い意志で「次のステージ」に行ける人ってすごいなあと思います。そういう経験がないので、うらやましいなあと思います。

たいていの場合、グダグダとやっているうちに、相手がじぶんのことを選んでくれて、気がついたら「向こう側」にいたように思うのです。

 

3年前のある日、ふと「文章でも書こうかな」と思って、今、どうにか文章を書いて生活ができているというのは、少なくともぼくの力だけでできているわけではない。みなさんのおかげがあってのこと。

「文章でも書こうかな」と、ふと思った日のことに関して言えば、本当にふとそう思って、そう思った1週間後には、もう文章を書いて生活をしていました。

まるでなにかに導かれるように、それまでのグダグダした仕事から卒業したわけです。あのときのあの感覚は、いま思い出しても悪くないなと思います。

ある初冬の日の朝5時すぎでした。いつものように起きて、寝室のカーテンを開けたら、外はどんよりと曇っていました。見慣れた通りに車が走っていました。ありふれたなんでもない車が何台か行き交いました。

そのときに「文章でも書こうかな」と、ふと思い、次の瞬間なぜか「ああ、文章を書いて、生活していける」と思いました。

いまでも鮮明にそのときの窓の外の様子をこころに描くことができますが、何度思い返しても悪くない感覚です。だから卒業は「するもの」ではなく「させられるもの」なのです。

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

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