ハピネス

2014.05.30 UP

多くの人は幸せだし、恋は無理にするものではない。


83f42e5251487838fa930c3d15cbb011

雨は花の色をより鮮やかにする。近所の家にバラが植わっている。庭に……というだけではなく、家じゅうを覆い尽くすようにバラが咲いていて、雨に煙るこの季節、バラの色はより鮮やかに見える

こんな日は、あの日あのとき、誰かがかけてくれた言葉が胸に浮かんでくる。「あなたは**だから」と、励ましてくれた言葉が、雨降りの音にまぎれて、ぽつりぽつりと浮かんでは消える。

 

しあわせとは、過ぎゆくときのなかにランダムに見え隠れする光のようなものだと思う。それは、ふだんはほとんど思い出すことのない「あのとき、あのひとが、こう言ってくれた」という過去のなんでもない誰かのひと言だったりする。

 

そう思うと口下手なじぶんの性格が嫌になる。たとえば母にきちんと声を掛けているかと言えば、掛けた覚えなどほとんどない。月に1回くらい電話で喋るだけだけど、おそらくぼくは母のこころをあたためる言葉を掛けたことはない。

 

ひとり暮らしをしたことがあるひとは特に、淋しいなあとか、孤独だなあと感じたことが多いと思う。朝起きても「おはよう」を言うひとがおらず、夜、暗い部屋に「ただいま」と帰っても誰も「おかえり」とは言ってくれない。

家族と同居していて、家族と折り合いが悪いひとの「淋しさ」や「孤独」も強烈だけど、ひとり暮らしのそれもまた強烈だ。

 

じぶんが淋しいなあとか孤独だなあと思っているとき、誰かもまたおなじようなことを考えている。そういう想像力が育ったとき、ひとは誰かを真剣に愛そうと思えるのかもしれない

 

雨に煙る住宅街に咲くバラの花が鮮やかであるように、淋しさや孤独をよく見ると、そこにはかならず「脇に添えられているもの」がある。それはまぎれもなく「あの日あのとき、誰かがかけてくれた励ましの言葉」であり、そういうものを思い出すことができるひとは、みんなしあわせだ。

そろそろ母に電話をかけなくちゃ。

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

≫このライターの記事を読む


アプリで、ANGIEがもっと快適に。

  • お気に入り機能で便利に読める
  • プロライターによる最新情報が充実!
ページの先頭へ