ハピネス

2014.05.21 UP

「わからない」と言ったらバカっぽく思われるので言えない女子


2fd073d3c4bf43b3f66a94f67f35cdd9

最近「わからない」と言うことが減ったなあと思います。打ち合わせをしていても「わからない」と言うひとを見ることも減った。

これを聞いたらバカっぽく思われるとか、こんなことも知らないの? と思われるとか、そういう危惧を、ぼくを含め多くのひとが抱いているのかもしれない。

 

たとえば昨日の記事にわからないことをひとつ書いたけれど、ああいう「ちょっと大きな世の中の流れ」もわからなければ、じぶんの3ヶ月後のこともわからない。ましてや1年後のことなどまったくわからない。

 

こういうWebコラムは、ときとして記事の蓋然性(がいぜんせい)を求められる。蓋然性とは、平たく言えば「確かであろうこと」であり、つまり専門家のご意見を掲載したいという媒体がたくさんある。

ある種の専門家は「わからない」とは言わない。わからないことは語らない。あるいはひとつの仮説を述べるにとどめる。それはそれで、ぼくもいち読者として参考になるけれど、要するに読後感として「わからなさ」が残る

 

わからないことをわからないと言えない世の中になったら、みんなで生きていくことがしんどいだろうと思う。

そこに専門家のご意見をプラスしたところで、なんの参考にもならないときだってある。ぼくらは専門家の正しいご意見をもとに「正しく」生きているわけではないので、専門家の研究が生活の役に立つのにも限界がある。

 

というわけで、今後『ANGIE』ではわからないことを「わかんな~い」と、そのまんま書くことを推奨しようかなと思っています。

わかったふうな結論を書くくらいなら、わからないまま書けばいいと思っています。

 

つまり「ここまで取材なりなんなりをして調べました。その結果、ここまで考えました。でもここから先がわかりません」ということを、読者と正直に共有したいなと思うのです。

 

もちろん、業界にはいろんな都合があるので、ときには「ここまで調べてここまで分かったので、こういう結論です」というコラムも出てくると思いますが、わからないことはわかりませんと素直に言う。これもコラムのひとつの重要な役割だろうと思います。

 

小説の世界では「みんな結論のない小説を、なぜか嫌うのよね」という言い方があり、いわゆる「オチない」小説は嫌われているようですが、それがなぜか、ぼくはよくわからない。

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

≫このライターの記事を読む


アプリで、ANGIEがもっと快適に。

  • お気に入り機能で便利に読める
  • プロライターによる最新情報が充実!
ページの先頭へ