ライフスタイル

2014.05.14 UP

パソコンの限界と88世代の伸びしろ【エッセイ】


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ぼくが若いころも「今の若いひとったら……」というかんじで、先輩たちに愚痴られていたので、このての愚痴は世代的に連鎖するのだろうと思いますが、今時の若いひとったら……について今日は書いてみたいと思います。

 

ぼくが若いころは、いわゆる団塊の世代のひとが上司でした。団塊の世代のひとの特長(特「徴」かな)として「人懐っこい」とか「面倒見がいい」というのがあるように思います。

彼らは戦後、なにもないときに(と言えば語弊があると思うけれど)、生まれた世代です。しかも子どもの数が多い。

よって、文字通りみんなで「団子になって」大きくなっています。近所の走るのが遅い子も、いじめられっ子も、やたらメンコがうまい子も、じぶんの妹も……みんなでちょっとずつみんなの面倒を見ながら大きくなっている世代。

 

引きこもりなんてなかった時代です。そもそも家に「子供部屋」ができてそれが主流になるのが「団地世代(団塊の世代のあと)」ですから、とにかくみんなで団子になって大きくなった世代。

 

そういう世代のひとが、ぼくたち昭和50年生まれの「若者」を見たら「自己中心的」とか「我が強い」とか「自分勝手」という印象を持つのも、今となってはわかる気がします。

なぜわかるかと言えば、ぼくより10歳以上年下のひとを見て、ぼくがおなじような感想を持つから。

 

世代的な言い訳になるのかもしれないけれど、ぼくらの若い頃は、パソコンがなかった。メールがなかった。

なにか仕事で用件があれば、相手が出るまで何回も電話をかけるとか、手書きでFAXをしてそのあと電話をするとか、とにかくひとと触れ合わないと、仕事が前に進まない時代でした。

 

営業だって、今は「考えらんない!」というひともいるかもしれないけど、「テレアポ」があり「訪問」があり「対面プレゼンテーション」で相手が「納得するまで」やっていた。応接室にお客さんを閉じ込めて何回もクロージングをかけて、相手が契約するまで営業トークをしていた業種もたくさんあった。

 

それが決していいとは思わないけれど、そうやってひとを知り、ひとの痛みを知り、ひとに成長させていただいたことには感謝をしています。

 

ぼくは恋愛小説や恋愛コラムを書いていますが、恋愛は「ひと」を見ないと書けないので、ぼくが「パソコンばかりやらないで、ひとと触れ合いなさい」という教育方針を持っているのも、ぼくの職業病であると思うけれど、生まれたときから苗字が「ひとみ」なので、今更どうすることもできない。

「ひとみ」は先祖代々「人見」と書きます。

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

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