ライフスタイル

2014.05.11 UP

切なさが欠席しがちな恋~ステキな場所でのあやしい会話~


49a0eab562aff9151c04ca3330e558be

先日、テレビの収録で「国指定重要文化財 旧三河島汚水処分場喞筒場施設」という長い名前の場所におじゃまさせていただきました。

簡単に言うと、昔の下水処理場におじゃましたということです。

 

地域によってはゴミ処理施設のすぐそばに、温水プールがあったり公園があったりするでしょう? そういうかんじで、昔の下水処理場を予約制で一般のひとたちに開放している公園のような場所が「国指定重要文化財 旧三河島汚水処分場喞筒場施設」です。

 

5月の初旬におじゃましたときは、ツツジが咲き誇っていて、しんとしていて、非常に美しかったです。夏にはおそらく燃えるような緑に包まれて、施設の脇をレトロな都電が走って……四季折々でステキな表情をする施設だと思います。

 

さて、そういう場所にあって、いつもどおりと言うかなんと言うか、テレビ的な軽妙なひとみしょう的なトークを素人ながらがんばって行いましたが、トークの途中でぼくが思っていたことは「最近、恋愛を語るときに『切ない』という言葉を口にしなくなったな」ということでした。

 

80年代のシンガー・ソングライターさんたちは、切ないという言葉を使わずして、いかに切なさを表現するかということに命を燃やしていました。

それが時代とともに、歌詞がどんどん「日記風」になって淋しいとか、会いたいとか、(言い方は悪いけれど)そんなのじぶんでどうにかすればいいんじゃない?(あえて歌わなくてもいいんじゃない!?)という作風に変化してきて、いまや切なさ不在の恋愛

 

どうにもできないから切ないわけです。ときは二度と戻らないから切ない。あのころの恋人は二度と巡ってこないから切ない。

今夜は彼と会えないから淋しいと歌っているうちはまだかわいらしくて、歌っている暇があれば会いに行けばいい。会いに行っても彼が振り向いてくれないから切ない。

 

施設の脇を走る都電の小さな音以外は、ほとんどどんな音もない国指定重要文化財の新緑のなかにあって、切ないということを考えました。

精一杯やらないと切ないって口にできないですよね。

テレビのぼくのトークも、精一杯やってもあのていどで、我ながら切なくなりました。今回もまたVTRの編集に救われた思いでした。

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

≫このライターの記事を読む


アプリで、ANGIEがもっと快適に。

  • お気に入り機能で便利に読める
  • プロライターによる最新情報が充実!
ページの先頭へ