ハピネス

2013.08.28 UP

【第5回】幸せになりなさい。 ~終章・季節を知れば~


T09005

人は幸せになりたいと思っていても、なぜ絶えずじぶんと他人を比較して「もっとがんばらないと私は幸せになれない」とか「**ちゃんのほうが断然幸せでうらやましい」などと思うのか?

 

先日、この問いに対して心理学者が膝を打つような回答をしていたので、ご紹介したいと思います。

 

じつは人は、じぶんと他人を比較しているのではないんですって! 幼い頃に、「空想の世界でなんにでもなることができたじぶん」というのを人は無意識のなかで覚えており、その人(つまりじぶん)と、今のじぶんを比較しているんですって!

 

だから、劣等感の強い人とか、いつまでも「幸せになりたい」と言ってガツガツと他人を妬んでいるような人に対して「隣の芝生は青く見えるもんだから、他人と比較をするのはやめなさい」と言ってもまったくもって無意味であると……。じぶんの記憶のなかの天上天下唯我独尊的な「空想のなかのもうひとりのじぶん」は、生涯、人の記憶のなかに生き続けるのだと。

 

なるほどね。

 

幼いころのことを鮮明に覚えている人がどれだけいるのかわからないですが、子どもの頃は、たとえば砂場で飽きもせずずっと遊んでいましたよね。オトナになった今、砂とスコップだけ与えられて、「3時間遊びなさい」と言われたら、「勘弁!」って思うけれど、子どもの頃は、いろんなことを空想しながら、砂とスコップで3時間いけたんですよね(酒とタバコだけで3時間いける忘年会の二次会のオトナみたいだ)。

 

大好きな幼稚園の友だちとどこかに出かける夢。

大きな犬さんの背中に乗って、アイスクリームを買いに行く夢。

大きくなったら花嫁さんになるといって、レンゲの首飾りを編んでいた春の日。

幼稚園の裏に「秘密」基地をつくって、オトナに潰された夏の終わり。

 

こういうことって、忘れているようで、ふとしたときに思い出す。無意識ってすごいね。

 

ぼくたちは、無意識のうちに「幸せになろう」と幼いときから常に想い続けているのだろうか。べつに幸せになどならなくてもいいので、ただ食うに困らず、人様に迷惑をかけることなく最期の日まで生きたい。こういうふうに言う人は少ない。

 

たいていの場合「幸せになりたい」と言えば、それに対して、社会的に成功しているとおぼしき識者が「人は幸せになるために生まれてきたわけではないから、パンのためにはたらく。これが価値ある生き方です」とかなんとかテレビや雑誌や生き方を指南する本などで述べる。お決まりの構図だ。

 

でも、幸せになりたいんだよね。みんな幸せが好きなんだよね。

 

なら、幸せになりなさい。

もうこれ以上幸せにならなくていい。だってもう幸せでお腹いっぱいだから。こう言えるまで、幸せになりなさい。

そして、もしできることなら、あなたのその幸せを、誰かに少し分けてあげなさい。

 

すっかり涼しくなってしまった夜風に季節を知れば、明日からも「幸せになりたい」と思って、ガツガツしなさい。

 

でも、時間がかかってもいいので、いつの日か「これでよかったんだ」と心の底から言える幸せ者になりなさい。

 

すべてのANGIE女史に愛を込めて……

 

 

画像scbailey

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

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