ハピネス

2014.05.06 UP

【元Apple製作者に聞く10】自分のために自分で決断する人生


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バルセロナを拠点に、非常に独創的なデザインのブランケットをつくっていらっしゃるビアンカさんに、はたらくことについてお話をお聞きするシリーズも、今回で10回目となりました。

今回は、世間一般的に言えば、かなりの高学歴の持ち主であるビアンカさんが、いつ、どのようにしてゼロから資金を集める「起業家」になったのか? その転機となる確信に迫ってみたいと思います。

さっそくご紹介しましょう。

「ノーマル」なプランに従うことをやめて自分の心に従う生き方を選んだ

ビアンカさん(以下B): そうですね、大学に入るまではいろんなことをうまくこなせていて、周囲の人には「よくやったね」と褒められてばかりでした。

それが嫌だったのですが。でも期待に応える「ノーマル」なプランに従っていました

 

それで、大学の1日目に、そのプランが好きじゃないと思ったのです。

何かがおかしいと初日から気づきました。私のプランは機能しないだろうって。

 

聞き手Takako (以下T): それまでは他の人があなたにこうあってほしいという姿になろうとしていたのですか。

 

B: その通り。

さらに、大学を辞めるまでそのプランを続けていたと言えるかもしれません。それは他人の期待に応えて成長するプレッシャーで、自分がやりたいことではない。それが自分のベストだとは思いません。

 

それで、私は 自分自身で決断をするようになりました。20歳の時でした。

 

人生初めて自分自身のための決断を20歳の時にしたのです。大学を辞めたときでした。自立するにはもう歳を取り過ぎていたと思っています。

 

T: 私はそう思いませんが。文化や家族環境にもよりますし……。

 

B: 私にとっては遅いと感じました。サンフランシスコに移住した時、まわりのみんなにこういうジョークを言っていたのです。「私は今、反抗期なの」と 。

私はティーンエイジャーの時に反抗期を経験しなかったので。いつも勉強ばかりで、全てを時間通りにこなしていました

 

T: なんだかアジアの教育みたいですね。

 

B: そうです、アジア式ですね。ほんとうにそういう風に生きていましたよ。でもティーンエイジャーの時はそれでいいと思っていて、つらいとかそういう風にも感じるわけでもなかったのです。幸せでした。

 

それで急にある日、急に幸せだと感じられなくなった。だから自分が幸せになることをしようと思いました。

 

今は、もっと歳を重ねたので、もっと成熟(成長)したいと思っています。全ての事がすぐに自分を幸せにしなくてもいいと思っています。

例えば、ここにあるお茶を全部ひとりで飲んでしまってTakakoがひと口も飲めなくていいなんてことは、考えません(笑)。

 

T: はあ。

 

今回のインタビュー、いかがでしたか?

まわりの期待に応えて生きるということは、よくあることだと思います。わたしもそうでした。

 

日本は(韓国、台湾、中国などアジア広範で共通していると思いますが)受験勉強から始まって就職活動も競争競争、会社に勤めていても昇格のためのレースを続ける。

このレースに一度乗っかると、ふとした時に自分は本当のところ何をしたかったのかな? と分からなくなることもあると思います。

 

人生はどう生きても一度きり。見栄とか、お金とか、それだけじゃなくて、自分の心が本当に求めているものと向き合うことができると幸せに近づけるのかな、と思います。

 

次回は、人生のプライオリティーについてお話いただきます。

どうぞお楽しみに!

 

(写真:Biancaさん提供)

 

【取材協力】

Bianca Cheng Costanzo(ビアンカ・チェン・コスタンゾ)

ブラジル生まれのデザイナー、テクノロジスト。ブラジル、イタリア、米国の間を旅しながら幼少期を過ごす。最近、サンフランシスコからバルセロナに移住し、個人プロジェクトの企画・開発に取り組んでいる。以前はApple社でインタラクションデザイナーおよびソフトウエアのプロトタイパー(試作品の製作者)として、また MITメディアラボのタンジブル・メディア・グループで学部研究生として勤務していた。

Webページはこちら(英語)

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※この「ビアンカ・チェン・コスタンゾさんへのインタビュー」の過去記事はこちらの一覧からお読みいただけます。

Takako

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