ライフスタイル

2014.04.05 UP

がんばって半熟にしたかったであろう目玉焼きと困ったような目


418feb5668660d958aebfedbba17cd60

松屋で昼食をとることは滅多にないのだけれど、先日、お昼に松屋に入った。朝、松屋で朝食をとることはときどきある。

あそこの朝定食は「私をしあわせにしてくれる1000のアイテム」の連載に入れたいくらい秀逸で、がんばって半熟にしたかったであろう目玉焼きと、皮がパリッとしているウインナーと、サラダ、ミニ牛皿、お新香などがついて400円弱くらい。

温泉旅館で出される手の込んだ朝食も悪くないけれど、朝はこれでじゅうぶんだと思う。必要にして十分なものって、どことなくしあわせな感じがしませんか?

 

で、先日、時間がなかったので、お昼に松屋に入りました。カウンターはほぼいっぱいで、ぼくはあいていた席にコートやカバンやらを置いてごはんを食べていたら、おばあちゃんと孫のようなふたり連れが入ってきました。

横に並んでふたりが座ることのできる席はなく、しいて言えば、ぼくがさっさと出ていけばおばあちゃんとその孫は座れる……といったかんじで……。

 

久しぶりにかきこむようにしてごはんを食べて、ちらっと孫に目配せして店をあとにしました。孫のうれしそうな目つきがかわいらしかったです。

 

ぼくは昔からおおっぴらに褒められることがだいの苦手で、そのわりに相手がぼくになにを望んでいるのかがよくわかり、どうしても相手にとって心地いいことをやりがちで、それをやってしまって褒められるときのバツの悪さったら!

 

教壇の上から「この問題がわかる人」と、あの日、先生が言いました。

誰も手を挙げないので困っている先生の顔がそこにありました。意味のない同情心から手を挙げるちょっと変わった子がいました。その子は途中で意味なくひとに同情することは、よくないことだとなぜか思うようになり、学校のお勉強が好きではなくなりました。

 

意味なくひとに同情することはよくないことだとなぜか思った日は、ずいぶん昔の初夏のころでした。桜の花が散り若葉が芽吹くころ、今でもどうやって生きていけばいいのかなあと、切ない気持ちになります。

だいの大人が教壇から困ったような目をして生徒を眺めるのもどうかと、この歳になって思いますが、この歳になれば、困らない大人などいないということもわかるわけで。

 

行き場を失った気持ちは、鮮やかな緑の風がどこか遠くに運んでくれることもなく、毎年この小さな胸を締め付けます。ドウイキレバイインダロ?

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

≫このライターの記事を読む


アプリで、ANGIEがもっと快適に。

  • お気に入り機能で便利に読める
  • プロライターによる最新情報が充実!
ページの先頭へ