ライフスタイル

2014.04.02 UP

ピカピカのフェラーリと宿命的な不幸のシミ


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急に春めいてきたからか、仕事場の花器に生けてあるオニユリが一気に満開になった。オニユリは満開になると花びらが反り返って、いわゆる雄しべと雌しべがむき出しになる。妖艶なのか淫靡なのか、よくわからない花だ。

 

先日、溜池山王から歩いてホテルオークラに行った。とりたてて用があったわけでもなく、散歩がてらオークラに行き、ショッピングモールなどをぶらぶらと歩いた。

歴史に名を刻んだ由緒正しいホテルは妖艶かつ淫靡であり、要するに薄暗く風情がある。ピカピカのフェラーリよりか、30年前のベントレーのほうが似合う。

 

地階のショッピングモールの淫靡さ(かつ妖艶さ)は圧倒的で、シャーロックホームズが「やあ、ワトスン君」と言って角から出てきてもぜんぜんおかしくない雰囲気だった。あるいは懐中時計を片手に、うさぎが廊下を走っていても「まあ、こんなもんかな」というかんじ。

 

ぼくは子どもの頃を思い出した。子どものころは、町に大きくて明るくて清潔なショッピングセンターなどなかった。町には小さな三越があり、どこかしら薄暗かったし、駅のトイレだって薄暗くておかしな臭いがして、宿命的な不幸のシミと呼ぶにふさわしいシミが壁のあちこちにあった。昭和が平成に変わるころのことだ。

 

薄暗くて少し天井が低くて、狭いところが好きだ。なぜかしら落ち着く。そういう場所にめぐり合うと、どういうわけか空を駆けていった人たちの顔を思い出す。

26年前の春の花曇りの日、「一緒に帰ろう」とS君がぼくに言った。ぼくらはランドセルを背負って決められた通学路を駅まで歩いた。亡き人は、いつまでも12歳のままだ。

 

オークラの外に出たら、ほころびかけている桜の樹の下を真っ赤なフェラーリが通り過ぎた。暗がりを好んだり、スノッブなものを目で追ったりしている男を、S君は空から笑って見ているのだろうか?

妖艶というにはちょっと淫靡で、淫靡というにはちょっと妖艶な春は、二度と戻らない誰かを老舗ホテルのラウンジで待つにふさわしい季節である。

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

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