美容

2014.01.24 UP

おデブ女子「最後の10kgが落ちない時に必要なダイエットは?


 

大昔の話。当時お付き合いしていた男性が、私の存在を伏せ、女性とふたりで出かけることに対し「常識的に有り得ない。○○君は私のこと好きじゃないんだ。うわああ~ん!」と泣きわめき、彼を困り顔にさせたことがあります。

 

改めて振り返ると、彼が何を話そうが、誰とどこに行こうが当人の自由だし、私自身、今は好きな人が元気であれば、あとはわりとどうでも良く、それ以前に、いくら惚れた相手といえど、必ずしもお付き合いをしたいとも思わないんですね。

こんなことを人に話すと、普通は好きな人とは気になって仕方がないものだとか、付き合いたいと思うものだとか何とかで「それは本当に好きじゃないんだよ」と言われます。

 

「普通は」とか「本当に好き」とかって、いったい何なのでしょうね。

 

“常識”は絶対の指標ではない

「本当に好き」という定義の背景には、おそらく、映画なり、ドラマなり、何者かにより創造された世界から、感化され、理想化された恋愛における“常識”があるのでしょう。

 

私が考えるに“常識”とは……例えば、戦時下において「敵(人)を殺すことは仕方ない」となるように、情勢や法律などを含む時代背景をもとに、多くの人に支持されている(であろう)もの

社会を渡り歩くための知識としては、非常に便利ですが、結局は他人が作った価値観。自分や人の心理、状態を判断する絶対の指標にはならないと思うのです。

 

そもそも、この世に存在する無数の人間の、無数の人生に咲く、無数の形の「好き」……どれが「本当」でどれが「本当ではない」と語りえましょう。

庭園に咲き誇る色鮮やかなバラも、アスファルトに咲く、排気ガスにすすけたタンポポも同じ「花」と呼ぶように、この世に咲く「好き」は、強弱濃淡あれど、全てがまごうことなき「本当の好き」だと私は思うのです。

 

“常識”と距離を置く!

私は昔、「常識的には……」と、思い悩むことが本当に多かった。でも、自分が苦しくなるくらいなら“常識”を基準に物事を考えることをやめた方がいいと思ったんですね。“常識”は社会にいる時だけ、まわりと調和し、ともに過ごす人への敬意として使えば、それで十分だと。

“常識”と距離を置き、プライベートな面で「常識的には……」という考え方をやめ、心がかなり楽になりました。

 

常識的に有り得ない。○○君は私のこと好きじゃないんだ。うわああ~ん!

ああ、あの時に……。“常識”に振りまわされ、泣きわめくのではなく、彼をあえて外に送り出せたら。緊張感を得て、自分磨きの糧とできたら。磨きまくって、女として余裕を持つことができたら。きっと、私には笑顔が増え、彼にもまた、笑顔が増えていたことでしょう。

 

いかがでしたか?

実は、これはダイエットの記事なので、もうちょっとだけ続きます。

 

先に恋愛を例に出したように、ダイエットにおいても、“常識”は、時にいらぬ価値観となります。

私は、30kgの減量を行ったのですが、最後の10kgがなかなか落ちなかった。原因は「普通は、ダイエットは苦しいもの」と思い込んでいたことです。一度頭の中をカラにして、食べ物や体の知識を取り入れ、「ダイエットは、私の体にとって前向きな作業」と考えたことが、最後の10kgの減量に功を奏しました。

 

“常識”から自分を解放するということは、今いる世界から、新しい世界へと自分を解放すること。

もちろん、大人のたしなみとしての“常識”は必須です。しかし、まわりが何を言おうと、全ては自分ありき。思考の軸を“常識”にするのではなく、自分にすることで、もしかしたら、新しい世界の方からこっちに来てくれるかもしれません。

ホントね~、ダイエットが苦しくなるような“常識”なら、そんなの「太いの太いの、飛んでいけ~」と、一度捨てましょ! ポイッ!

 

 

Photo by Pinterest

銀子

銀子

(JOPHダイエットアドバイザー/ライター/会社員)

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