ハピネス

2014.07.04 UP

2000年以上前からある「本当のリア充」の栄養源

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5月1日から本日7月4日まで、毎朝このコラムをお読みくださったみなさま。本当にありがとうございました。いったんこの「ひとみしょうのためにならない幸福論もどき」は本日をもっておしまいになります。あとは不定期連載にする予定です。

 

大人になって、60数日のあいだ毎日続けてきたことって、なにかありますか? 毎日休まずに続けてきたこと。自慢じゃないけど、ぼくはこの連載以外、なにひとつありません。そういう意味では、非常に貴重な体験をさせていただいたと思っており、感謝です。

毎日ではなくとも、長年続けていることがあるひとはわりといるのではないかと思います。3日に1回、お店の鍵を朝一番で開けるのが私の仕事だ……など。

 

続けていれば、ある瞬間になにげない日常の風景が少しちがって見えるから不思議です。べつに続けることが偉いことだとか、立派なことだとは思わないのですが、それでも「ちょっとちがって見える景色」はいいものです。それは「あなたの存在がなければ続けてこられなかった」という想いがあるから。ひとりのひとの意志の力などいかほどでもないので、誰かに見守られながらでないと続かないというのが、この世のセオリーなのかもしれません。

 

今日もアンジーをお読みくださり、ありがとうございます。

たった60数日間続けただけで、あまり偉そうなことを言いたくもないのですが、ある日ふといつもの景色がちがって見える。こういう経験って、わりと多くのひとがしてきたと思いますが、こういうときって「快感」だったりしますよね。

昔の中国ではこういうことを「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり(あしたにみちをきかば、ゆうべにしすともかなり)」と表現したそうです(出典:論語)。

朝に人がどう生きるべきかを悟ることができれば、夕方に死んだとしても後悔はないということです。

 

そこには「発見」があります。驚きがあります。全身の細胞が入れ替わったかのような邂逅があります。

『アンジー』の読者と、このろくでもないいとおしい日々のなかで、これからもさまざまな邂逅をともにしたいと思います。ぼくのようなたいして能力のない者に、明日もがんばって生きていこうと思えるささやかな邂逅を与えてくださったすべてのみなさまに感謝しつつ、『アンジー』として、読者に提供できる邂逅を引き続き考えます。

 

Photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

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