ハピネス

2014.05.03 UP

【元Apple製作者に聞く 5】学歴と働くこと

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ゼロから資金を集めるなど、さまざまな苦難を乗り越えて、独創的なデザインのブランケットを作っているビアンカさんに「はたらくこと」についてインタビューをしています。

今回は、学歴とはたらくことについてビアンカさんにお聞きしました。

さっそくご紹介しましょう。

 

数学とアートが好き

聞き手(Takako 以下T): 過去について聞かせていただけますか? なぜマサチューセッツ工科大学(MIT)に入ってAppleに入社し、そして辞めたのか。

 

ビアンカさん(以下B): そうですね、高校時代は成績が良かったですね。特にレベルの高い数学の教育を受けて、スコアも良かった。

だから大学では数学を学びたいと思っていたのです。ほぼ学生時代はロサンゼルスで過ごしたのですが、高校時代もロサンゼルスに住んでいて、高校の隣にあるロサンゼルスのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校に行きたいと思っていました。

 

数学も好きだったのですがアートも好きで。 それで、高校生の時にこの絵を描きました。叫んでいる男性です。

 

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B: このときは10代だったのですが……。

 

T: 絵を描くのも上手なのですね。

 

B: ありがとうございます。この当時は伝統的な絵を描いていました。

友達や父親の友達などから、私の両親は、私にアイビー・リーグに入学してほしいと思っているのだと聞きました。でも私は、その意見に賛成ではありませんでした。

父の友達や私の先生は、MITのメディアラボに入ることを勧めてきたのです。

 

T: MITのメディアラボに入学したのですか?

 

B: 私はMITに自体には入学したのですが、メディアラボは大学院なので入れませんでした。そこで学んでいる人たちはテクノロジーとアートを組み合わせるプロジェクトを行っているのです。

私は大学の学部で同じことができるところを探していたのではじめからアンハッピー(不幸せ)でした。

 

 

MITメディアラボで働く

B: MITメディアでは院生としてではなく、仕事で入りました。それから、MITの学部のほうも実のところ卒業していないのです。

 

私はイシイヒロシ(石井裕)さんのリサーチ・チームに入ることが出来てラッキーでした。彼はグループリーダーで、私は彼の元で学んでいたレオナルド・バナーニのために働きました。

 

彼のチームは「Tangible Media Group」(タンジブル・メディア・グループ)と呼ばれています。 私は3年間在籍して勉強していたのですが、この期間に同時にイシイヒロシさんのチームで働いていました。

 

T: 大学が嫌になって辞めたということですか?

 

B: なんで辞めたかということですが、3年生の夏にApple社でインターンをしたのです。それから、MITに戻ってきて、自分を見失ってしまった

その夏、サンフランシスコで沢山の友達に出会って、たくさんの事を学んで、とても幸せで。

 

それでMITに戻ってきたとき、周辺にいた人たち全員が、見知らぬ人のように見えたのです。一緒に笑える人もいませんでしたし。秋からの学期は大学には戻ったのですが、旅をしたりして大学を放置していました

 

MIT最後の学期ドーハ(カタール)とヴェネツィア(イタリア)に飛ぶ

B: それで、その秋にカタールのドーハに友達に会いに行ったのです。その飛行機の中で作ったのが、はじめに紹介した折り紙です!

 

私はドーハのWホテルで友達のプロジェクトの手伝いをしました。そこでインタラクティブなアーティストにたくさん出会ったのです。でも1週間程でまた大学に戻りました。

 

その後、 ヴェネツィアのインタラクション・デザイン・コースで教えないかという話が届いたのです。それで3週間程ヴェネツィアにいました。その時間がとても好きでした。

 

T: そのイタリアの学校では同世代の人に教えたのですか?

 

B: 実のところ、年上の人達に教えていました。私は教えられることがたくさんあったので、別にいいかなと思っていました(笑)。

大学を辞める6ヶ月前に本当にいろんな人に知り合うことができました。

 

T: これらのイベントは計画していたものではなくて急に来たのですか?

 

B: はい、それでチャンスを掴まなくてはいけないと思ったのです。

こちらがヴェネツィアの時の模型です。この模型のミニ版が先程お見せしたものです。

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今回のインタビュー、いかがでしたか?

「これは、なんだか違う」と思ったとき、ビアンカさんはその場に留まらず旅をしました。

何かおかしい」とか「自分に合っていないかもしれない」と思ったとき、同じ場所に留まって悩みつづけるのではなく、思い切ってその場所を抜け出してみるということは勇気がいることではありますが、良い解決策だと感じます。

 

また、「教えられることが自分にある」と思えることは大事なことだなと感じました。

自分が知っていることを教えて、知らないことを教わる。そういう姿勢でたくさんの人たちと知識や経験を共有できたら素敵なことだと思います。

 

次回は大学を辞めた時に掴んだチャンスについてお話いただきます。

どうぞお楽しみに!

 

(写真:Biancaさん提供)

 

【取材協力】

Bianca Cheng Costanzo(ビアンカ・チェン・コスタンゾ)

ブラジル生まれのデザイナー、テクノロジスト。ブラジル、イタリア、米国の間を旅しながら幼少期を過ごす。最近、サンフランシスコからバルセロナに移住し、個人プロジェクトの企画・開発に取り組んでいる。以前はApple社でインタラクションデザイナーおよびソフトウエアのプロトタイパー(試作品の製作者)として、また MITメディアラボのタンジブル・メディア・グループで学部研究生として勤務していた。

Webページはこちら(英語)

Bloomブランケットの購入はこちら(英語)

※この「ビアンカ・チェン・コスタンゾさんへのインタビュー」の過去記事はこちらの一覧からお読みいただけます。

Takako
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