ハピネス

2014.03.12 UP

ひとりの時間なんて必要ない人種がいた!~バリ人の幸せ観~

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『写真送ります』『バリ人の幸せ観~一人の時間なんて必要ない人種がいた。わたし、いつから一人の時間が欲しくなったんだっけ?』

バリ島に暮らして4年。毎日のように、我が家には人がやってきます。そして全然わからんバリ語で、なにやら話をしていきます。ついでに腰を下ろしたりして……はよ帰らんかい。

こんなですから、よくひとりの時間が欲しいと思います。カフェでのんびりお茶したいなとか、本をじっくり読みたいなとか、日本のテレビがみたいなとか、あ、それはひとりじゃなくてもできるか。

 

でもバリ人で、ひとりになりたいなんて言う人はいません。もちろんひとりでバイクに乗って、ひとりでスマホをいじって、ひとりで瞑想している子もいるけど、ひとりになりたくてなってるわけじゃないみたい。

ためしにバリ人の夫にきいてみたら「なんでそんな時間が欲しいの?」ときき返されました。

ひとりの時間がいらないって、なんだかすごい気がするので、そこのところを考察してみたくなりました。

ひとり時間、なぜ必要?

そもそもいつごろから、私たちはひとりの時間が欲しいと思うようになったのでしょう。

小学生の頃はどうでしょう? ひとりになんて、なりたくはなかったのでは。「ちょっとひとりで考えさせて!」なんて、おませなことは言ってなかったと思います。今の子は言うのかな。

 

ではいつからか。恋をした頃からでしょうか。初めて失恋したとき? 夢を諦めたとき? 結婚? 出産? 人と付き合うことで感情が動くことを知るから、自分だけの時間が欲しくなるのかもしれませんね。

でも、これはバリの人たちだって同じように経験することのはず。なぜひとりの時間がいらないのか。小学生から進化していないのか(失礼)。

よくよく見てみると、男も女もひとりでは行動しません。買い物を頼んだら、必ず誰かを誘う。2箇所の用事をふたりに頼んだら、1箇所ずつふたりでまわる。効率悪いったらないです。

「ひとりになりたい」は、わがままなのか?

これにはバリ島ならではの、生活環境が関係しているようです。

バリ島の各集落では、強い自治権を持つバンジャールと呼ばれる組織をつくっています。

個々の家庭の行事も困りごとも、バンジャールが協力して助けてくれます。その代わりに個人も全体への奉仕が求められるという仕組みです。ワンフォアオール、オールフォアワンってわけです。

だから個人の仕事なども尊重されません。「だってあんたしか潤わないんだろ、その仕事」という言い分。

 

こんな背景から、自分の思考や嗜好よりも、全体としての主張を重んじる空気ができてきたのでしょう。だから、ひとりでいる必要性も低くなっていったのかもしれません。

他人と関わることは面倒なこと。お金を払えばいろいろと解決できる日本は、とても便利で効率的だと感じますが、バリのこんな気風も嫌いではありません。

 

バリで「おひとりさま」が流行ることは、数世紀先のようです。

それでも、やっぱりひとりの時間は欲しい。そんな私に、旦那は「ソレ、ワガママヨ」と言うのですが……。

 

Photo by 著者

平 理以子

平 理以子

(バリ島在住フリーライター/コラムニスト)

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