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2014.01.12 UP

~ラブレターと世界の名言~「必ずできると信じろ!」

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他人のブログは読みたくなければ読まなければいいだけですが、Facebookとかツイッターのタイムラインで刻々と流れてくる言葉はどうしても目に入ってきます。

最近うんざりしているのは名言。名言を集めたコミュニティに登録をした覚えなどないものの、いつの頃からか、名言がタイムラインに出てくるようになった。

 

なんだか原稿を書く気がしないし、このテーマだと書けそうもないしなと思って、ふとツイッターを見るともなしに見ていると「必ずできると信じろ(ピカソからの7つの助言)と名言様に言われる。

うざいなと思えば、その下に追い討ちをかけるかのように「限界を超えろ」「動け」「遅すぎることなんてない」と続く。パソコンごと燃やしたくなる。

 

今の世の中……というか、毎日インターネットに接続しているパソコンで仕事をする環境にある人限定なのかもしれないけれど、言葉が先行しすぎているように思う。

冒頭にブログのことに少し触れましたが、ブログであまり読みたいと思わないのは、有名になりたいという気持ちが先走っていて「心ここにあらず」的な人のブログで(だから、有名になりたい! という想い全開の若いアイドルのブログは、しいて読まないが、読む機会があった場合は好意的に読む)ああいうのは宣伝。宣伝とは、どこまでいっても言葉が先行している世界で、ぼくは若いときにさんざん触れてきたので、今さら読もうとは思わない。

お仕事でご一緒させていただく機会がある方のブログはもちろん拝読する。失礼にあたるから。でも、好き好んでこちらから情報を取りに行くということはない。新聞の折込チラシだけをもらいに、新聞屋に駆け込む人がいないように(ときどき、ユニクロのセールのチラシとか、欲しいなと思うときはあるが)

 

先に想いがあって言葉は生まれる。想いから生まれていない言葉をどれだけ追いかけても、それはただの「あ」から「ん」までの文字の配列に過ぎないので、読んでいてあまり得るものがない。

成功者(という言い方もおかしいけれど)の本を、非成功者(というものおかしいが)の社長が読んで、感化されて、朝の朝礼で熱く語っている……というシーンは、企業に勤めたことのある人は経験したことがあると思うが、あの言葉の浮きっぷり。そして朝令暮改っぷりを腹の底から笑える人は、じつは少ないんじゃないかと思う

 

若かりし頃、深夜に、何回も何回もラブレターを書いては捨て、書いては捨て……というときは、誰しも「好き」という言葉を使いたかっただけではなかった。「あの子」に対する熱い想いがあり、それをどうにか言葉にせんとして孤軍奮闘していた。

そして、「それでも敗れてしまった」ところに、深夜にエネルギーの浪費をした価値があると思う。つまりある種の想いは、溢れすぎたら言葉になどならないということを知るいい機会だったのだと思うわけです。

 

言葉が軽薄になった2014年と、やたら重たい気持ちを言葉にしようとしていた昭和のあの頃。

日本語は「なければ作ればいいじゃん」という文化が基本にあると言われているようです。つまり「山」の「上」と「下」があって、それを表現する文字(言葉)がないから「峠」を作ったとか……。

今、ぼくを含め、多くの人にないのは、峠ではなく「想い」だろう。峠は100年前からあるし、きっと100年後もある。変わらぬものに対する想いがないから、変わってゆくものに対する想いも軽薄で、今を見る目もなく、言葉が記号と化している。記号と戯れていればなにがまずいかと言えば、出口がないことだろう。「JK」と戯れていて出口はあるのか? 時期が来れば留置所や刑務所から出してもらえると言われたら、返す言葉もないんだけど。

 

photo by Pinterest

ひとみ しょう

ひとみしょう

(小説家/作詞家/ANGIEシニアライター)

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